正田守

○正田守 概要

正田守は、日本の医師・政治家。元広島県議会議員・広島市議会議員。1945年生まれ。

○正田守 経歴

広島市佐伯区出身。広島大学医学部卒業後、広島逓信病院勤務を経て広島市西区に正田病院を開業。医師の傍ら、広島市議・広島県議を各1期歴任。その後、広島市長選に立候補した。その他、広島新聞社、西日本放送センターを経営し、福山市では学校法人梅園学園を経営した。山口市では、日本公務員学校の教員を務めた。
政界を退いた後も病院・診療所・特別養護老人ホームを経営し、病院・診療所は、福島県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、岡山県、広島県、山口県、福岡県、熊本県に40箇所余りを経営した。
また、萩女子短期大学(山口県萩市)の学長・理事長も務めた。

○広島県の政治

・広島県第1区
広島県第1区(ひろしまけんだい1く)は、日本の衆議院議員総選挙における選挙区。1994年(平成6年)の公職選挙法改正で設置。
第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣で内閣府特命担当大臣を歴任し、第2次安倍内閣以降外務大臣を務めている岸田文雄が祖父の代から3代続く強固な地盤を背景に連続7選している。このため、民主党など自民党以外の党が議席を獲得する傾向が多い1区であり、なおかつ都市型選挙区であるにも関わらず、これまで自民党以外は小選挙区の議席を獲得したことがない選挙区である。

2009年の第45回衆議院議員総選挙では自民党に猛烈な逆風が吹き荒れ、民主党の菅川洋が岸田を猛追したが、約8千票差で岸田が菅川を下し、広島県の小選挙区で唯一、自民党が議席を獲得した(菅川は比例復活)。広島1区では比例復活を含め、自民党以外の政党に所属する議員が議席を獲得したのは第45回が初めてである。

2012年の第46回衆議院議員総選挙を巡り、一票の格差が問われた訴訟で、2013年3月25日、広島2区と共に戦後初の選挙無効判決が広島高等裁判所から下された。同月29日に最高裁に上告した。その後同年11月20日に最高裁判所の大法廷は、一票の格差が是正されない状態で選挙が行われた問題については「違憲状態」としながらも、選挙自体は有効であるとする判決を下し無効判決が下った広島2区や岡山2区とともに選挙無効は免れた。

・広島県第2区
広島県第2区(ひろしまけんだい2く)は、日本の衆議院議員総選挙における選挙区。1994年(平成6年)の公職選挙法改正で設置。

区域
広島市
佐伯区
西区
江田島市
大柿町
沖美町
能美町
大竹市
廿日市市

1996年の小選挙区制導入後、粟屋敏信や松本大輔など野党系の議員が多く当選してきた選挙区であり、保守王国として知られる広島県の選挙区の中では最も自民党の勢力が弱い選挙区である。これは西区西部や佐伯区(旧五日市町)、廿日市市などが広島市のベッドタウンとして開発され、長年人口流入が続いたことによる。そのため無党派層の割合が県内でも高い。なお、有権者数は県内最多。ここ5回の選挙では自民党の平口洋対民主党の松本大輔の構図が続いている(平口の3勝2敗)。

元広島市長の秋葉忠利が社民党衆議院議員時代に地盤としていた選挙区でもある。

2012年の第46回衆議院議員総選挙を巡り、一票の格差が問われた訴訟で、2013年3月25日、広島1区と共に戦後初の選挙無効判決が広島高等裁判所から下された。同月29日に最高裁に上告した。 その後同年11月20日に最高裁判所の大法廷は、一票の格差が是正されない状態で選挙が行われた問題については「違憲状態」としながらも、選挙自体は有効であるとする判決を下し無効判決が下った広島1区や岡山2区とともに選挙無効は免れた。その後2014年に第47回衆議院総選挙が行われたことで、この訴訟は意義を失った。

・広島県第3区
広島県第3区(ひろしまけんだい3く)は、日本の衆議院議員総選挙における選挙区。1994年(平成6年)の公職選挙法改正で設置。
広島市の新興住宅地である安佐南区・安佐北区と芸北地方の山間部を範囲とし、都市部と農村部の両方の顔を併せ持った選挙区である。

区域
広島市
安佐北区
安佐南区
安芸高田市(旧高田郡吉田町、八千代町、美土里町、高宮町、甲田町、向原町)
山県郡
北広島町(旧千代田町、大朝町、芸北町、豊平町)
安芸太田町(旧加計町、戸河内町、筒賀村)

小選挙区制導入後、2度にわたり、県議出身で自民党の河井克行と新進党出身の増原義剛が激しく争ってきた。1996年の選挙では河井が初当選したが2000年の選挙では無所属で出馬した増原が初当選した。その後、増原が自民党入りしたことから両者の間でコスタリカ方式での立候補が定められた。2003年は増原、2005年には河井が小選挙区で当選した。

民主党は2005年の選挙に中村哲治の政策秘書で、元は科学技術庁の職員であった橋本博明を擁立し選挙に臨んだが、小泉旋風と準備期間の短さもあり落選した。しかし2009年の総選挙では一転して大差で増原を破り、初当選した。民主党がこの選挙区を制するのは2009年の総選挙が初となる。しかし2012年の総選挙では民主党への逆風もあり河井が橋本を破り自民党が再び議席を奪還した。

・広島県第4区
広島県第4区(ひろしまけんだい4く)は、日本の衆議院議員総選挙における選挙区。1994年(平成6年)の公職選挙法改正で設置。

区域
広島市
安芸区
東広島市(安芸津町を除く)
三原市のうちの大和町
安芸郡(府中町・海田町・熊野町・坂町)

中選挙区時代(旧広島2区)から農村部に岳父中川俊思以来の地盤を持つ中川秀直が対立候補に比例復活を許さないほどの圧勝で連続4選してきた。しかし、2009年の総選挙では、過去2回の総選挙で中川の次点に終わっていた民主党の空本誠喜が初めて中川を破った。旧広島2区の北部を範囲としており、広島大学の移転などで発展目まぐるしい東広島市と広島県中央部の農村地帯を含む。2012年の総選挙では秀直の次男の中川俊直が初当選した。

・広島県第5区
広島県第5区(ひろしまけんだい5く)は、日本の衆議院議員総選挙における選挙区。1994年(平成6年)の公職選挙法改正で設置。

区域
尾道市瀬戸田町
呉市
竹原市
東広島市安芸津町
江田島市江田島町
三原市本郷町
豊田郡

中選挙区時代から池田勇人の女婿である池田行彦が義父の地盤を受け継ぎ、当選を重ねてきた。池田は防衛庁長官、外務大臣、自由民主党総務会長を歴任しキャリアを積み重ねてきたが、2004年1月に直腸癌で死去。後継に池田の女婿で、元財務官僚の寺田稔が立候補し、同年の補欠選挙で初当選さらに2005年の第44回衆議院議員総選挙で再選した。
一方、民主党は地元に一定の支持基盤を築き、2003年の第43回衆議院議員総選挙に無所属で出馬した三谷光男を入党させ、三谷は2005年の総選挙では比例復活した。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では三谷が寺田を破り、初めて非自民系の候補が議席を獲得した(寺田は比例復活もならず落選)。
しかし、2012年の第46回衆議院議員総選挙では寺田が議席を奪い返し、三谷は得票数が前回の半分にも満たずに落選した。
2014年の第47回衆議院議員総選挙では共産党以外の野党が候補を立てず、寺田が圧勝した。

・広島県第6区
広島県第6区(ひろしまけんだい6く)は、日本の衆議院議員総選挙における選挙区。1994年(平成6年)の公職選挙法改正で設置。

区域
尾道市(瀬戸田町を除く)
庄原市
府中市
三原市(大和町・本郷町の両町を除く)
三次市
神石郡
世羅郡

広島県の東半分、旧備後国の大半を占める広大な選挙区であり北は鳥取・島根県境から南は瀬戸内海に達する。典型的な保守王国であるが、エリアが広大なため中選挙区時代から臨海部と内陸部で勢力は分かれている。主として亀井静香は備北地方、佐藤公治は尾道・三原地方での集票を得意としてきた。

第44回衆議院議員総選挙(2005年)では株式会社ライブドア(東京都港区)の社長であった堀江貴文がこの選挙区から出馬し(無所属で自民党は推薦的立場)、世間の注目を集めたが落選した。

後に郵政問題で自民党を離党し国民新党を設立した亀井と参議院議員に転身した民主党の佐藤との間でバーター協力が築かれた。

第46回衆議院議員総選挙(2012年)では、民主党との連立政権維持に異を唱えて国民新党を離党した亀井が、最終的に日本未来の党に合流して自民党の小島敏文との接戦を制した(小島は比例復活)。亀井が再選直後の日本未来の党の分裂騒動が要因となり無所属のままで臨んだ第47回衆議院議員総選挙(2014年)では、小島との票差を広げて議席を守った(小島は再び比例復活)。

・広島県第7区
広島県第7区(ひろしまけんだいななく)は、日本の衆議院議員総選挙における選挙区。1994年(平成6年)の公職選挙法改正で設置。

区域
福山市
当初は1市3郡4町で構成されていたが、平成の大合併で中国地方及び広島県では唯一、全国でも数少ない単一自治体で構成される選挙区になった。

歴史

中選挙区時代から宮澤喜一元首相が当選を重ね強固な地盤を持っていた。小選挙区制導入後初めて実施された第41回衆議院議員総選挙では、宮澤が新進党の柳田稔を大差で下した(柳田はその後参院に転出)。2000年の第42回衆議院議員総選挙では、中曽根康弘・宮澤喜一の両元首相は当時の加藤紘一幹事長から「終身1位」の確約を得て、比例区へ転出。喜一は選挙区を甥の洋一に譲った(後にこの「終身1位」の約束は小泉純一郎首相によって破られ、喜一は2003年の選挙に出馬せず引退した)。

洋一は小選挙区で3選したものの、民主党の候補に2度比例復活を許すなどかつての自民党の強さに陰りが見えており、2009年の第45回衆議院議員総選挙では民主党候補の和田隆志の前に比例復活もできずに落選。翌年、参議院議員へ転向した。2012年の第46回衆議院議員総選挙では、自民党と洋一の全面的な応援を受けた新人小林史明が初当選し、自民党が議席を奪還した。

・広島県第1区(中選挙区)
広島県第1区(中選挙区)は、かつて存在した衆議院の選挙区。1947年の第23回衆議院議員総選挙から設置され、1993年の第40回衆議院議員総選挙まで施行された。
定数は3、1993年のみ4。現在は広島県第1区・広島県第2区・広島県第3区に分かれている。県庁所在地・政令指定都市である広島市の大部分を選挙区域(安芸区以外)としていたが、定数が長年3だったのは、原爆被害が多大な広島市で戦後直後に行われた人口調査を元に定数を定めたからと言われていた(広島県第2区は定数4、広島県第3区は定数5だった)。1993年の中選挙区での最後の総選挙では定数が1増えて4になった。

区域
※自治体の名称は第40回衆議院議員総選挙時点のものである。
広島市(安芸区を除く)
大竹市
廿日市市
佐伯郡
高田郡
山県郡

主な選出議員
新憲法制定後(1947年・第23回衆議院総選挙)の中選挙区制度下においては、
定数3人の選挙区で、基本的に自民党2人・社会党1人で議席を分け合うという傾向であった(1983年は公明党が議席を獲得。)。

◆自由民主党

灘尾弘吉-1952初当選・53・55・58・60・63・67・69・72・76・79・80年
粟屋敏信-(1983落選)・86初当選・90・93・(96・00は新広島2区から当選)

◆自由民主党

岸田正記-1928初当選・30・32・36・37・42・(52落選)・53・(55落選)
砂原格-1952初当選・(55落選)・58・60・63・67・69
萩原幸雄-1972初当選・76年
岸田文武-1979初当選・80・83・86・90年
岸田文雄-1993初当選・(96・00・03・05・09は新広島1区から当選・現職)

◆日本社会党

大原亨-(1952・55落選)・58初当選・60・63・69・72・76・79・80・83・86年
秋葉忠利-1990初当選・93・(96は新広島2区から当選、99年に広島市長選立候補の為辞任)


選挙結果

第40回衆議院議員総選挙 (1993年(平成5年)7月18日執行)
当日有権者数:939,228人  投票率:65.37%(前回比:)

当落 候補者名    年齢   所属党派   新旧別   得票数      得票率
当   岸田文雄   35   自由民主党   新     127,721票   21.0%
当   斉藤鉄夫   41   公明党      新     106,763票   17.5%
当   秋葉忠利   50   日本社会党  前     101,047票    16.6%
当   粟屋敏信   66    新生党     前      92,937票       15.3%
     中原好治   30    日本新党   新       82,041票     13.5%
     河井克行   30    自由民主党 新       59,817票      9.8%
     林田敬子   46    日本共産党 新       34,223票      5.6%
     新本均     43    無所属     新       3,795票      0.6%


第39回衆議院議員総選挙 (1990年(平成2年)2月18日執行)
当日有権者数:888,639人  投票率:69.54%(前回比:)

当落 候補者名 年齢 所属党派 新旧別 得票数 得票率
当  秋葉忠利  47 日本社会党 新 171,648票 27.9%
当  岸田文武  63 自由民主党 前 154,494票 25.1%
当  粟屋敏信  63 自由民主党 前 127,635票 20.8%
  塩出啓典 57  公明党   新  121,901票 19.8%
  林田敬子  42 日本共産党  新 38,840票 6.3%


第38回衆議院議員総選挙 (1986年(昭和61年)7月6日執行)
当日有権者数:841,491人  投票率:68.09%(前回比:)

当落 候補者名 年齢 所属党派 新旧別 得票数 得票率
当 粟屋敏信 59 自由民主党 新 168,201票 29.7%
当 岸田文武 59 自由民主党 前 129,949票 22.9%
当 大原亨 70 日本社会党 前 117,801票 20.8%
  福岡康夫 54  公明党 前 115,261票     20.4%
  高村是懿 48 日本共産党 新 35,060票     6.2%


第37回衆議院議員総選挙 (1983年(昭和58年)12月18日執行)
当日有権者数:815,554人  投票率:63.56%(前回比:)

当落 候補者名 年齢 所属党派 新旧別 得票数 得票率
当 福岡康夫 52 公明党 新 122,513票 23.8%
当 大原亨 68 日本社会党 前 118,870票 23.1%
当 岸田文武 57 自由民主党 前 109,223票 21.2%
  粟屋敏信 57 自由民主党 新 105,107票 20.4%
  高村是懿 45 日本共産党 新 42,896票 8.3%
  桧田仁 41  無所属 新 16,371票 3.2%


・広島県第2区 (中選挙区)
広島県第2区は、かつて存在した衆議院の選挙区。

1947年の第23回衆議院議員総選挙から設置され、1993年の第40回衆議院議員総選挙まで施行された。廃止まで定数は4。

定数4に対してほぼ選挙戦の実力が拮抗する有力候補が5人いたことで、第34回総選挙から第39回総選挙まで6回連続で前回の次点落選者[1]には同情票からほぼ必ずトップ当選で返り咲く一方で、前職は政権幹部であろうと現職閣僚であろうと関係なしに誰か1人は必ず落選すると言う全国有数の激戦区であり、竹下登をして「日本一の殺戮的選挙区」と言わしめた。また、世襲候補も多かった。落選経験がない有力候補は池田行彦くらいである。

現在は広島県第4区と広島県第5区に分かれている。

区域
※自治体の名称は第40回衆議院議員総選挙時点のものである。
広島市安芸区
呉市
東広島市
竹原市
安芸郡
賀茂郡
豊田郡

主な選出議員
池田勇人-1949・52・53・55・58・60・63年
池田行彦-1976・79・80・83・86・90・93年
谷川昇-1947・52・55年
谷川和穂-1958・63・67・69・72・79・80・86・90・93年
中川俊思-1949・
中川秀直-1976・80・83・86・93年
増岡博之-1967・
森井忠良-1969・
松本俊一-1955・58・60年
加藤陽三


・広島県第3区 (中選挙区)
広島県第3区は、かつて存在した衆議院の選挙区。1947年の第23回衆議院議員総選挙から設置された。廃止まで定数は5。現在は広島県第6区と広島県第7区に分かれている。

区域
※自治体の名称は第40回衆議院議員総選挙時点のものである。
尾道市
福山市
三原市
因島市
府中市
三次市
庄原市
御調郡
世羅郡
沼隈郡
深安郡
芦品郡
神石郡
甲奴郡
双三郡
比婆郡

主な選出議員
宮澤喜一-1967・69・72・76・79・80・83・86・90・93年
亀井静香-1979・80・83・86・90・93年
佐藤守良-1969・72・76・79・80・83・86・90・93年
小森龍邦
また、民社党が結党時から解党時まで議席を維持し続けた唯一の衆議院選挙区である。


◆広島市議会
広島市議会は、広島県内の政令指定都市である広島市の議会である。

・定数と任期と選挙区
定数:54名
任期:2015年(平成23年)5月2日 - 2019年(平成27年)5月1日[1]
選挙区:各行政区を選挙区とする中選挙区制(単記非移譲式)。各区の議員定数は以下のとおり。
中区:6名
東区:6名
南区:6名
西区:9名
安佐南区:10名
安佐北区:7名
安芸区:4名
佐伯区:6名

・2011年広島市長選挙
2011年広島市長選挙は、2011年4月10日に執行された広島県広島市の市長選挙である。第17回統一地方選挙の一環で実施されました。
概要
任期満了に伴う選挙であるが、現職の秋葉忠利が今期限りで退任するため、秋葉が初当選した1999年以来12年ぶりの新人だけによる選挙となった。当初は8人が立候補を表明しており、3月18日に広島市西区民文化センターにおいて広島青年会議所などの主催による「広島みらいづくり2011広島市長選挙立候補予定者マニフェスト型公開討論会」に8人が参加したが、その後2人が取りやめ、公示日に立候補したのは6人となりました。
選挙は前の女性副市長の豊田麻子を民主党広島県連と連合、社民党広島県連合が支援し、それに対し自由民主党と公明党が推薦する松井一実と日本共産党の大西理が争う与野党対決の構図に加え、2人の市議系候補がどこまで票を伸ばすかも注目された。なお、みんなの党と国民新党は候補者を擁立せず自主投票としました。
また、この選挙は秋葉市政が推進してきた広島・長崎→ヒロシマ・オリンピック構想の是非を問う内容も、選挙の争点とされたが、後述の結果のとおり、五輪誘致に反対した松井一実が当選し、「東日本大震災の復興へ向けた経済政策に重きを置くべきだ」として、正式に広島市への五輪誘致を断念、2020年の五輪誘致を事実上東京に集約・舵を切る形となりました。
立候補者
6名、届け出順。
大原邦夫 無所属
大西理 日本共産党
豊田麻子 無所属・民主党支援・社民党支援
桑田恭子 無所属
松井一実 無所属・自民・公明推薦
前島修 無所属
当選
松井一実 58 無所属 新 165,481票 37.3% 自民・公明推薦

・2012年京都市長選挙
2012年京都市長選挙は、日本の地方自治体である京都市の執行機関である京都市長を選出するために行われた選挙で、2012年2月5日に投票が行われた。
概要
京都市長の任期4年が満了したことに伴って実施された。4年前の市長選挙で初当選した門川大作市長による市政に対する評価のみならず、前年2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震による震災(東日本大震災)と福島第一原子力発電所事故を教訓に都市基盤整備や都市防災をどう進めるのか、地方分権を踏まえた都市制度の在り方を問う選挙となった。また前年11月の大阪ダブル選挙(大阪府知事選・大阪市長選)後初の大型地方選挙となるだけに、次期総選挙の前哨戦としても注目された。現職で再選を目指す門川と前回市長選挙にも立候補した弁護士の中村和雄による一騎討ちとなった選挙の結果、現職の門川が再選を果たした。
立候補者一覧(届け出順)
中村和雄 57 無所属 新人 共産 弁護士、市民団体事務局長
門川大作 61 無所属 現職(1回) 民主・自民・公明・みんな・社民(府連) 京都市長
市長選挙では、現職の門川市長による市政に対する評価だけでなく、都市基盤整備や災害対策および原発問題も争点となった。市の一部行政区が福井県にある関西電力大飯原子力発電所から30キロ圏内に位置するため、中村・門川両候補とも原子力災害を想定した防災計画策定や放射線監視体制強化を訴えた。特に中村は選挙公約集(マニフェスト)の最大の目玉として「脱原発宣言の発進」「国と電力会社に脱原発を迫る」事を掲げ、選挙戦でも脱原発運動に取り組む俳優の山本太郎を招くなど脱原発を積極的に訴えた
当選
門川大作 無所属 現職(2回) 221,765 53.8% 民主・自民・公明・みんな・社民(府連)

  • 最終更新:2017-07-24 10:29:02

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